
「艶」と「死臭」
以前、紹介したことのある久世光彦さんの作品には、
常に「艶」と「死臭」が漂っている。
昭和の始めころまでの大半の小説には同じことが言える気がするし、これは、僕の好きな映画にも共通して言える。
強靭な「生」
映画『血と骨』を観た切っ掛けは、崔洋一も北野武も鈴木京香も好きな人物であったから。
この映画、一見、僕らが生きる現代には何のリアリティーもない神話の様な物語だが、この先、もっとエログロ度を増した形で、こんなことが頻発する世の中になるとも限らない。
北野武演じるこの主人公の様に、死臭をぷんぷん漂わせながらも、強靭に「生」をまっとうする力を持てる人格が出現してくるならば、それも悪くない。
これは、戦中戦後のうねりの中を生きた“一人の男”“一つの家族”の物語。
僕がまだ幼かった頃、親戚のオヤジ達が酔ってよく暴れていたし、夜中、鍵のかかったドアを打ち破り入ってきたりしていたことを思い出す。実際、親、兄弟、先生、先輩、近所のオヤジによく殴られた。それが今を生きる僕らの時代に、功を奏したかどうかは解らないが。
映画の中では、あまり強烈には描かれていなかったが、
戦中戦後のうねりの中で行われたはずの朝鮮人への偏見と差別は、想像を絶するものであったに違いない。
このことは、日本や朝鮮に限らず、世界中が加害者であり被害者であっただろう。
それは今この瞬間にも繰り返し起きている。
まさに人間の本質が露呈する環境下で、この主人公の様に強靭な生きる力を皆が持てればと願ってしまう。
元来、映画や小説に描かれる様々な物語を
僕らはどこまで理解できるのだろうか。
世界中で現実に起きている事件をどのくらい実感できているのだろうか。
よく映画で描かれる様々なエピソードが実際に自分の身に起きたら、大半は間違いなく即気絶してしまうようなことが多い。
「死」が悲しむべきことであるかは疑問であり、
且つ、いいとか悪いとかいう話ではなく、
ある意味、自分以外の誰かの「死」は、一食の食事よりもその比重は軽い。
『オールドボーイ』『ブロウ』
最近観た映画『オールドボーイ』という映画は想像していた通り、つまらない倫理感がなく信用できた。
狩撫麻礼の代表作である漫画『ボーダー』が僕にとっての聖書だったことが蘇る。
やはり最近テレビで夜中にやっていたので久しぶりにみた『ブロウ』では、改めて心底腹が立った。
エンディングの数分間、刑務所にいる主人公の妄想の中に現れる愛娘が、本質的な聡明さを持ち合わせ、そしてとても優しく、とても美しかったのが
とても冷静でいられないくらいに哀しかった。
崔洋一監督の『月はどっちに出ている』のDVD・ビデオは、どういう訳が大変高価だったので掲載しませんでした。ご自分でお探し下さい。
血と骨 コレクターズ・エディション
オールド・ボーイ プレミアム・エディション
ブロウ
posted by ALPACINO at 01:34|
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